創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

日蓮正宗について

以前の記事で日蓮の思想そのものにカルト性があると書きましたが、

その日蓮のカルト性が最も全面的に出ているのが創価学会顕正会だと言えます。

アンチ創価の立場の人の中には創価顕正会だけでなくその母体であった日蓮正宗もカルトだと言ってる人もいますが、

私は日蓮正宗をカルトとまでは思ってません。

教義の面では確かにカルト的なところもありますが、

実際の行動面ではカルトとまでは言えないのではないかと思っています。

それは日蓮正宗の信者の増え方を見れば分かると思いますが、

日蓮正宗は、戦後に創価学会が強引な折伏戦を展開するまでは、信者数の少ない弱小教団でした。

それは、それまでは創価のような強引な折伏を行なってなかったからだと考えられます。

もちろん法華講の中にも個人的に強引な折伏を行なった信者もいたのかも知れないですが、

創価のような組織的な折伏までは行なってなかったのではないかと思います。

だから信者数が伸びてなかったんでしょう。

 戦後、創価折伏大行進によって日蓮正宗の信者が増えたといっても、

その内訳はほとんどが学会員だったわけです。

なので、日蓮正宗はカルトとまでは言えないのではないかと思います。

ただ、私は日蓮正宗を特別正しい宗教とは思ってません。

他の仏教諸宗派と同じレベルの宗教だと思っています。

もし創価脱会者が日蓮正宗に行きたいと言えば別に止めはしませんが、特に勧めもしません。

ネット上では法華講の人のブログで、日蓮正宗がいかに清浄無垢な教団であるかということを強調しているところが見られますが、

それは理想論だけの主張ではないかと思います。

私が購読しているこちらのブログ⇒ 正宗系観察日記

に、日蓮正宗の実態が紹介されています。

単なるデマや作り話ではなく、事実としての裏付けのある記事で、

私も今まで知らなかったような日蓮正宗の歴史が綴られています。

これを見れば、日蓮正宗は決して清浄無垢な教団とは言えないでしょう。

法華講の人は自分が信じる宗派を非の打ちどころのない清らかな教団だと信じたい気持ちは分かりますが、

事実は事実として知るべきだと思います。

例えばキリスト教カトリックはその長い歴史の間にキリスト教会が犯してきた罪を認め謝罪しています。

日蓮正宗もただ清らかな教団だというだけでなく、

間違ったところは素直に認めてこそ正しい宗教と言えるのではないかと思います。

このブログでは創価学会の現実を書くのがテーマなので、

なるべく日蓮正宗については触れないようにしていたんですが、

しかし創価の教学は日蓮正宗の教義を使っており、どうしても関わりがあるものなので全く触れないわけにもいかず、

また、「お前は日蓮正宗についてはどう思ってるんだ?」と気になっている人もいるかも知れないので、

それでここでは私の日蓮正宗についての考えを述べています。

特に本尊について、日蓮正宗では創価の偽本尊による害毒というものがよく強調されていますし、

日蓮正宗の本尊こそ唯一無二に正しくすごい功力のある本仏の境地として説かれてますが、

私は創価の本尊も日蓮正宗の本尊も同じだと思っています。

つまり、どちらも人の手によって作られたものに変わりはないわけです。

日蓮正宗では本物の本尊の功力を強調して説いてますが、それについては、

こちらの創価を脱会した人のブログが参考になると思います。

⇒ はぐれ雲~元創価学会員のつぶやき

 

この人が受持していた本尊は日達上人の前の日淳上人時代の日蓮正宗が言うところの「本物」の本尊だったのですが、

創価を脱会した後、引越しした時サイドボードに巻いてしまい込んでいた本尊を誤ってサイドボードごと粗大ゴミに出してしまったそうで、

本尊不敬で罰が当たるのではないかと不安だったそうですが、

その後10年経っても別に罰らしいものも出てこないで幸せに暮らしていると書かれています。

 また、我家の本尊も今年他界した伯父が受持していた本尊も、

日達上人の名前が入った日蓮正宗が言う「本物」の本尊だったんですが、

功徳らしいものが得られた実感は全くありませんでした。

それは創価で信心していたからだと反論されるかも知れませんが、

創価で信心していようと、かつては日蓮正宗が信徒団体として認めていた訳ですから、

日蓮正宗の本尊であるならすごい功徳が出てこなければおかしいと言えます。

原点回帰で釈迦の思想を学んでいると、

物としての本尊を拝むというのは本来の仏教のあり方ではないと言えます。

執着から離れることを説いているのが仏教なのですから、

本尊という物にこだわるのは、無執着を説く仏教の理念と矛盾していることになります。

まあ、それを言うなら日本のほとんどの仏教宗派は本来の仏教の理念に反することになりますし、

心の拠り所として人に安心立命を与える存在となっているのなら別に構わないわけですから私もそこまで問題にはしないんですが、

ただ、それなら「唯一正しい」という言い方や他宗を「謗法の邪宗」とは言わない方がいいと思います。

先にも書いたように、私は日蓮正宗はカルトとまでは思ってないので、

日蓮正宗で信仰したい人に対しては反対や批判はしません。

あくまでも信仰は自由なので、創価顕正会のような人に被害を与えるようなカルトでない限り、

人がどんな信仰をしても構わないと思っています。

 ただ、私個人としては、もし同じ日蓮系の宗教で日蓮宗日蓮正宗とでどちらかを選ぶとすれば、日蓮宗の方を選びます。