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創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

創価をやめて思うこと

トウガラシです。

引っ越した直後は整理作業や転居後の手続きなどで忙しかったので、実感が湧かなかったんですが、

一息ついたら、創価の環境から離れられたという実感がじわじわと湧いてきているところです。

そして今私は創価という手枷足枷首枷を外して自由の身になった気分です。

私にとって創価という存在は苦しみの原因でしかなかったなと改めて思えます。

創価をやめたら地獄に堕ちるのではないかとか不幸な目に遭うのではないかと不安になる人もいるようですが、私にはもはやそんな心配はありません。

ネットを見れば創価をやめても罰など出なかったという脱会者の声で溢れてますし、

私の創価での人生においても、一生懸命学会活動に頑張っているのに一向に功徳が出てこないという会員ばかりを見てきてるので、創価には功徳がないということは分かってますし、功徳がないところには罰などもないですから、もはや「創価をやめたら不幸になるのではないか」などと不安に思うことなど何もないからです。

また、以前にある幹部が会合での指導で、創価をやめても「やっぱり創価学会にいた方が良かった」と言って創価組織に戻ってくる会員もいると話していたことがありましたが、私が創価に戻るなどということは絶対あり得ません。

第一、創価に戻りたいと思うその気持ちが理解できないですね。

創価をやめて後悔するようなことがあるんでしょうか?

脱会したのにまた創価に戻りたいと思うのは創価から給料をもらって生活していた創価職員くらいのものじゃないかと思いますがね。

もし一般会員の脱会者の中に創価に戻りたいと思うような人が実際にいるとすれば、そういう人はよほど他にやることもない、世の中のことを何も知らない寂しい人間なのではないでしょうか。

あいにくと私には創価以外にやりたいことがたくさんあるので、創価に戻りたいなどと思う発想さえ湧きません。

今のようなインターネットの発達した時代ではさまざまな情報が得られるわけですから、そのようなさまざまな情報に触れていけば創価に戻ることがいかにばかばかしいことであるかすぐ分かると思いますよ。

せっかく創価から抜けることができたんですから、いつまでも創価に考えを縛られるのでなく、新しい世界に目を向ければいいのではないでしょうか。