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創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

成功者は神社に行っているということについて

こんばんわ。

ブログ更新が遅れてしまいましたが、前回の記事の続きを書いてみたいと思います。

前回でも紹介した『成功している人は、なぜ神社に行くのか?』という本の広告に、

「あの経営者も政治家も武将も知っていた! 日本古来の「願いがかなうシステム」とは?」

松下幸之助出光佐三も、社内に神さまを祀っていた!」

というキャッチコピーが書いてありましたが、創価活動家の頃にこういう本を見たら「こんなのは謗法の本じゃないか」と軽蔑していただろうと思います。

とにかくあの頃は創価が言ってることは常識のように信じてましたから、神社に参拝に行くなどというのは不幸の元としか考えてませんでしたね。

松下幸之助氏については、聖教新聞に池田師匠との対談記事がよく載ってましたし、私が創価活動家だった頃に幹部から「松下幸之助は外部の中でも創価学会の最大の理解者だ」などと聞かされていました。

なので、松下氏は部外者ではあっても創価の教学をよく理解してるんだろうなと思っていたものです。

それについては当時意外に思うことがありました。

当時私が勤めていた会社は松下氏が創業した松下電器(現パナソニック)と取引があり、私も仕事でその事業部に何度か行ったことがありましたが、初めて松下電器に行った時、広い事業部内を仕事の現場に向かって歩いていると、柵に囲まれた中に鳥居が立っているのを見かけ、「会社の中に神社があるのか」と驚いたものです。

しかももっと驚いたのは、その神社内で何やら宗教儀式が行われていたことでした。

 神社内には松下電器の幹部らしい人たちが20人ほど椅子に座っており、

その前で、派手な衣(紫色だったように記憶しています)を着た2,3人の僧侶が宗教儀式を行なっていたのです。

それを見た私は「創業者の松下幸之助創価学会の教えを理解しているというのに、その会社がこんな謗法を犯してどうするんだ」などと少し義憤のようなものを覚えたものです。

当時は私も創価にどっぷりでしたから、そんなことを思ったんですが、後になって、実は松下氏はそれほど創価学会の教えにはまっていたわけでもないということを知るようになったのです。

当時は聖教新聞に載っている池田師匠との対談記事など見て、松下氏は創価学会だけと特別に交流があるのだろうと思っていたんですが、実は創価だけではなく、いろんな宗教の指導者とも交流していたようです。

松下氏にとっては創価学会はそのたくさん交流している宗教団体の中の1つに過ぎず、別に特別な存在でもなかったようです。

だから、創価が主張している謗法の考え方なども全然頭になかったのでしょう。

その松下氏が事業家として成功できたのは社内に神を祀っていたから、というのが最初に紹介した本の内容になるわけですが、霊能者ではない私にはそういうことは分かりませんが、日本でトップの位置にまで登りつめた人は皆神社に行っているらしいので、そういう考え方もできるとは思います。

もちろん、努力だけでなく持って生まれた才能・資質も重要であるわけですが、

少なくとも、創価的な偏狭な思考法をしているよりももっと広い視野に立って考えれば成功者にもなれるということではないかと思います。