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創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

「鳥居をくぐると罰が当たる」という創価の都市伝説

こんばんわ。

少し前、一般紙に『成功している人は、なぜ神社に行くのか?』という本の広告が載っていました。

近頃はよくテレビ番組などでパワースポットに行くという番組で神社を紹介したりしてますが、私がバリバリの創価活動家だった頃は、そんな番組を見ると「この連中はそこが謗法の場所ということも知らないんだな」などと思ってましたね。

そして番組の中で芸能人が神社の中を散策している場面など見ると「罰が当ってそのうち不幸になるぞ」などと優越感を抱きながらそんなことも考えてましたね。

今から思えば我ながら笑い話ですが、そう言えば中学生の頃に修学旅行に行った時は、親から神社の鳥居はくぐるなと言われてたので、旅行先で大きな神社に行った時は何とか鳥居の外側を廻って中に入れないかと考えたものですが、そこの鳥居はどうしてもくぐらなければ中に入れなかったので諦めて皆と一緒にくぐった記憶があります。

その時はそのうち悪いことが起きるんじゃないかと不安でしたが、結局特に悪いことも起きませんでしたね(当たり前ですが)。

それに、神社は謗法の場所と信じていた時でも、神社の中を散策していると清々しい気分になったものです。

そもそもの話、創価では神社は謗法の場所だと教えてますが、神社の鳥居をくぐったら罰が当たるなどという指導を幹部から受けた記憶はないですし、学会の書籍類で読んだという記憶もないです。

私の場合、親から聞いた話をそのまま信じていただけということになりますが、それが創価の得意な「都市伝説」の手法ということなんでしょう。

機関紙や書籍にはそういうことは書かず、会合での幹部指導でもはっきりとはそういうことは言わず、あくまでも噂話のような形にして会員の間に「神社の鳥居をくぐったら罰が当たる」という話を弘めていったのでしょう。

それが創価以外を信じると謗法の罪で罰が当たるとか不幸になるという思い込みを植え付ける作戦であったわけです。

私などはそんな「都市伝説」としての噂話を長い間真に受けて信じてたのですから、笑うしかありません。

今では謗法などという何の根拠もない迷信は信じてないので、神社に行くのも鳥居をくぐるのも平気ですし、私にはパワースポットのパワーを感じられるような霊感もないですが、先にも書いたようにそれでもパワースポットとされる神社に行くと清新な気分になり心が洗われるような感覚を覚えます。

創価の拠点や会館に行くよりもそういうパワースポットとしての神社に行った方がよほど元気になると思いますよ。