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創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

創価の一体感は創価以外でも得られるという現実

こんばんわ、トウガラシです。

テレビでは連日オリンピックの熱戦のハイライトが繰り返し放送されています。

私は今までオリンピックにはそれほど関心はなかったんですが、それでもワイドショーなどで放送されているとついつい見てしまいます。

そして見ていると日本人選手がメダルを獲得した場面では「やった!」と思わず知らず熱くなって感動してしまいます。

特に男子体操では、日本が逆転で金メダルを取った時には思わず目がウルウルになってしまいました。

こういう時はテレビに映しだされているオリンピック会場での喜びの歓声や熱気とテレビスタジオでの出演者たちの興奮も一緒になって何か日本人としての一体感に包まれて気分が高揚するものですね。

その時私は「ああ、創価もこれだったな」と思ったものです。

私がまだ青年部で活動家だった頃、創価の文化祭やフェスティバルなど特に大きな催しや集会に出席した時、会場の熱気などで一体感や高揚感を感じたことがありました。

あるいは選挙戦で支援していた公明党が勝利した時なども同じように感じたものです。

当時はそういう一体感や高揚感というものは創価学会だからこそ得られるものであり、これこそ創価で信心しているからこそ得られる幸福感なんだろうと思ってたものでしたが、しかし、実はそれと同じものはテレビでオリンピックを見ていても得られるものなのです。オリンピックだけではなくもっと一般的なスポーツでもイベントでも得られるものなのです。

そういうことが創価の活動から離れて分かるようになりました。

創価創価組織に入ることによって同志たちとの一体感なり絆なりが得られることを盛んに宣伝しては創価組織こそ理想の人間組織であるかのように見せかけてますが、別にそういう一体感や高揚感などは創価組織以外でも得られるものなんです。

創価でなければ得られないというものではありません。

ましてや創価ではその代償として大きな犠牲を払わなければならなくなります。

創価組織の中に入っているとそういうことも分からず創価のまやかしに騙され続けることになるのです。

 だから創価と同じ一体感や高揚感、そしてそれに伴う幸福感を得たいなら、別に創価組織に入らなくても学会活動などしなくても、テレビでオリンピック見てればいいんです。それで充分なんです。

創価の功徳など創価以外でも簡単に得られるものですよ。