創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

考えることが仏教

こんばんわ、トウガラシです。

きのうの昼過ぎは、Eテレで『こころの時代』の再放送を見てました。

きのうは「ブッダ最後の旅に学ぶ」シリーズの4回目でした。

ブッダ(釈迦)の肉声を伝えていると見られる原始仏典の一つ『大般涅槃経』の解説ですが、この中で、仏法について誰かから教えを聞いても、ちょっと待て、それをそのまま鵜呑みにするな、正しい教えかどうかよく吟味せよ、ということが説かれてあると語っていました。

人から仏法の教えだと言われてもそれをすぐには信じこむなというのが釈迦の教えであり、それが仏教だといっているわけですが、このことから考えると、末法の正しい仏法だとうそぶいている創価などは、仏教とは言えないということが改めてよく分かります。

創価日蓮を本仏として信仰している団体でありながら、「勝つことが仏法だ」とか「選挙をやれば功徳がある」とか「財務に寄付すれば福運が何倍にもなって返ってくる」などと、その日蓮が言ってもいないことを勝手に指導しています。

そしてそれを愚直に信じろと強要しています。愚直に信じることが正しい信心のあり方だと指導しています。

しかもそれを疑えば功徳がなくなるとか地獄に堕ちるなどと脅しています。

こんな創価仏教であるわけはなく、末法の時代だろうといつの時代だろうと仏教の基本は変わるわけがなく、第一、変わってしまったら仏教ではないでしょう。

とある反創価ブログに「創価教学しか知らない学会員は井の中の蛙」と書かれてましたが、本当にその通りで、私なども青年部の活動家だった頃までは創価以外の宗教書や思想書など全く関心もなく、というよりそういう創価以外の書物を読んだり所持してたりすると謗法だと言われるので他の宗教書・思想書や宗教がテーマのテレビ番組など見たいという考えも起きなかったものです。

私は子どもの頃から創価の世界にいたので創価が仏法だ、創価こそ仏教の本流だと思い込んでいたものです。

その結果が、創価教学しか知らない井の中の蛙なのです。

そして、創価の指導を疑うことを悪と決めつけられていたので、幹部がそれこそ法螺話をしてもそれをまともに信じていました。

今から思えばバカバカしいことでしかありません。

考えるのが仏教なのです。考えないで信じるのがカルト創価なのです。

言い過ぎになるかも知れませんが、創価の言う「愚直に信じる」者は「ただの馬鹿」でしかないのです。

それにしても、私はNHKの回し者ではないですが、『こころの時代』、本当にいい番組 です。

創価に少しでも疑問を持っている学会員で本を読むのが苦手な人は、こういう番組を見て創価の「井の中」から這い出して外の世界を見た方がいいでしょう。

 

 

 

 

 

 

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