創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

伯父の死に想う

ご無沙汰しています、トウガラシです。

学会員の伯父が他界し、私が喪主を務めることになり、そのため忙しくブログを書くひまもなかったのですが、やっと時間が取れたので記事を更新しておきます。

伯父は数年前に認知症が発覚し、グループホームに入所していましたが、昨年11月に誤嚥性肺炎に罹り、ずっと入院していて、近頃他界しました。

伯父の配偶者だった伯母は数年前に亡くなっており、子供もおらず、兄弟は何人かいるんですが、私の母以外はみな遠く離れており、私の母も体が弱って動けないので、私が喪主となりました。

父親の時と同様、私は学会葬は本意ではなかったのですが、伯父がグループホームに入っている時から元の地区の学会員が伯父のもとへ足繁く通っていて、葬儀は学会葬にするということも約束していたようなので、学会葬で見送ることにしたのです。

伯父は学会側 からすればいわゆる信心強盛な信者で、若い頃に入信して以来、信心一筋の人生だったようです。

学会の言うとおりなら、信心一筋に生き抜いた伯父は大功徳に包まれた大勝利の人生になっていなければならないのですが、実際には功徳や勝利などとは程遠い人生でした。

功徳とは無縁なのにそれでも学会員が創価学会を信じて疑わないのは、当人にとって学会の信心によって救われたという体験(の思い込み)があるからなんですが、それは伯父も同じで、若い頃罹っていた腎臓病が信心によって治ったという体験あるいは思い込みが、どこまでも学会を 信じて疑わないという頑迷な生き方を形作ってしまったようです。

ただ、腎臓病が治ったとはいっても、頑健な体になったわけではなくその後も病弱なままで、結婚してからは伯母が働けない伯父に代わって働いて生活を支えていました。

そういう伯父伯母なんですが、あいにくと学会が言うような一家和楽とはいかず、夫婦仲は悪く、離婚騒動を何度も起こしていたようです。

なにしろ伯父は、伯母が働いて貯めていた預貯金をほとんど全額、伯母に相談もしないで学会に貢いでいたそうなので、夫婦仲が悪くなるのも当たり前とは言えるでしょう。

伯母も学会員ではあったんですがいわゆる「名ばかり学会員」で勤行唱題もしてなくてたまに座談会に出るくらいだったようなので、創価学会を信じてはいなかったようです。それだけに自分が働いて生活を支えているのに伯父が勝手に全財産を学会に捧げてしまったのが許せなかったというわけですが、伯母が怒るのも当たり前ではあります。

これでは学会が言うような一家和楽になるはずもありません。

その伯父が入信したのは先に書いたように腎臓病を患っている時、知り合いの学会員から折伏されたからだそうです。

当時、伯父が働けない体であったため、それを見かねた私の両親が我が家に同居させて面倒を見ることになったそうなんですが、初め短い期間だけ居候させるつもりだったのがずるずると延びていって10年近くも居候していたそうで、私が小学4年生の頃まで一緒に住んでいたことになります。

その時期に伯父は知り合いの学会員から「この信心をすればどんな病気も治る」と折伏されて入信したそうで、その伯父から折伏されて私の両親も入信したということです。

その伯父は事あるごとに「自分の腎臓病が治ったのは創価学会の信心のおかげ」と言っ ていたそうなんですが、10年近くも居候させて面倒を見ていた私の母などはきょうだいの気安さもあって伯父が自分たちに感謝の言葉もないことに不満を持っていたようで時々愚痴を言ってました。

まあ、伯父からすれば、妹一家を正しい宗教に導いてやったんだという気持ちがあったのかも知れませんね。

私の父親は遠慮してなのか何も言ってませんでしたが、内心は不満があったのかも知れません。

 そんな伯父は謂わば我が家にカルト宗教あるいは宗教詐欺を持ち込んだ張本人であるわけですから、伯父に対しては私は複雑な心境です。

ただ、腎臓病に罹って働くこともできず絶望的な気持ちになっていた伯父が、「この信心をすればどんな病気も治る」と折伏され、藁にもすがる思いで創価学会に入信したその心情は分からなくもありません。だからそのことで伯父を責めることもできないとは思っています。

 しかし長い間創価組織の中にいて、さまざまな学会幹部の非常識さや組織の理不尽さを体験していながら、最後まで創価脳のままであったのは残念な人生だったと言わざるを得ません。

例えば、伯父が独身時代、玄関の鍵をかけ忘れて仕事に行っている間に、連絡に来た幹部が勝手に留守の部屋に上がり込んで帰りを待っていたことがあったそうで、それには伯父も「非常識だ!」と激怒したそうですし、また、ある会合では、皆の前で幹部から無能呼ばわりされて貶されたことがあり、その時も激怒して「もういっぺん言ってみろ!」と喧嘩腰で食って掛かったそうですし、さらには、座談会によそから大幹部が入った時、その大幹部から仕事は何をしてるのか聞かれて「働けないので聖教新聞の配達だけしてます」と答えたら「新聞配達だけじゃなぁ…」といかにも蔑んだような言い方をされ、それにカチンときた伯父は「じゃあ、もう新聞配達やめます」と言ったそうで、そういう相手が幹部であっても食って掛かるような反骨精神もあり、また、創価組織の非常識さや理不尽さを分っていながらそれでも「池田会長は間違ってない」とか「創価学会そのものは正しい」という考えから抜けることができなかったようで、結局最後まで創価学会のカモにされた人生だったというのが残念です。

その伯父がグループホームに入所している間は、私は母親の介護をしてるのであまり伯父の所には行けませんでしたが、それでも時々面会に行ってました。

初めの頃はまだ私のことを分ってましたが、後になると認知症がかなり進行していて、もう私が誰なのか分からない様子でしたし、話しかけてもほとんど反応がありませんでした。

そういう伯父の様子を見ていて、いくら創価の信心一筋に生き切ったという人生であっても、結局は信心してない一般人と変わることはないと改めて思ったものです。

ムダな人生だったなと思わざるを得ませんが、当人が「創価学会の信心で救われた」と信じ切っていたというのが救いと言えば救いかもしれません。