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創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

創価のダブルスタンダード

こんばんわ。

創価学会ダブルスタンダードである」というのはネット上ではすでに言い古された言葉ですが、創価の現実としてあえてこのブログでも書いてみたいと思います。

ダブルスタンダードとは要するに矛盾のことであり、分かりやすく言えば二枚舌とかご都合主義のことですが、創価学会は実に矛盾だらけの組織です。

機関紙の聖教新聞には「学会員は常識豊かに」と書いていながら、学会活動の現場では非常識な行動を幹部から強要されます。

同じく、聖教新聞には「学会員は仕事は人の何倍も努力して働き、社会に実証を示せ」と書いていながら、選挙戦などになると「仕事休んで選挙活動に出ろ! 法戦のために腹くくって仕事休め!」と、これまた幹部が強要します。

矛盾だらけです。

財務にしても、「強要はしてません」と言いながら、多額の寄付をするようにさまざまな手を使って圧力をかけてきます。

私の母も婦人部長から「財務に出し惜しみすると不幸になる」などと脅しをかけられたと言ってました。

まさに二枚舌です。

創価ではそういう場合、仏教用語の「一往」と「再往」を使い分け、

「一往は社会に実証を示すために人の何倍も懸命に働くべきだが、再往として仏法に従うべき時は一般社会のことよりも仏法に従い、法戦を優先すべきだ」などと言って二枚舌を正当化しています。

結局は自分たちの都合に合わせてごまかしているだけでしかないわけです。

そして幹部はそういう矛盾を追及されると「信心で受け止めろ」と言ってきますが、この「信心で受け止めろ」というのは謂わば水戸黄門における印籠みたいなもので、理論的に矛盾点を突いてくる活動家にはこの言葉を言って黙らせ従わせるという手法を使っているようです。

実にこの「信心で受け止めろ」という言葉は創価幹部にとって便利な言葉であり、魔法の言葉となっています。

しかし、そもそも創価という団体は宗教ではなく詐欺団体でしかないということが露呈してしまった現在、創価には「信心」も存在しないわけですから「信心で受け止める」もヘチマもないわけです。

結局は創価という団体は仏教用語を利用しているだけの矛盾だらけのただの嘘つきだと言えるでしょう。

嘘で固めた組織、それが創価学会です。