創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

信心するのは何のため

こんばんわ。

創価の組織では選挙戦に突入しているようですね。

何も考えない活動家が張り切ってるんじゃないでしょうか。

創価にとってこういう活動家は使い捨ての駒でしかないんですが、「選挙戦を戦えば大きな功徳が得られる」というまやかしの言葉を信じ込んでいる活動家にとってはありがたい活動なんでしょうかね。

そう言えば、私が青年部で活動家だった頃の選挙戦で、朝から駅前で公明党のビラ配りするから仕事休めと幹部から言われ、参加したことがありますが、

他の活動家なども「仕事が忙しいのに休めるか!」とか文句言いながらもしぶしぶ参加してたメンバーもいましたね。

自営業なら自分で仕事をやりくりできるのでまだ休みやすいんですが、会社勤めは簡単には休めないものです。

その時、私たち活動家に幹部が「いいか、お前らが会社休んだためにクビになったとしても、それはあくまでも自己責任だからな」とクギを刺していたものです。

仕事を無理やり休ませといて「自己責任だからな」とは全く無責任な話ですが、要するに、創価学会のためなら会員の生活がどうなろうと知ったことではないということです。

それが創価の組織の実態だということなんです。

幸福になるための創価の信心のはずなのに、実際は創価のせいで会員は犠牲にさせられているのです。

私も活動をしていく中でそういう創価の実態が分っていったのですが、長い間学会活動していながら今だにそれが分からない会員もまだまだいるんですから呆れてしまいます。

よく創価では「信心するのは何のため」と言いますが、それを自問自答してみれば、自分はこんな活動をして苦しんで何やってんだろうか? と気がつくはずなんですがね。

創価で信心するのは「創価の宗教業者のため」というのが正しい結論です。