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創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

正しくないから嫌われる

こんばんは、トウガラシです。

創価系ブログを見ていると、「創価学会は世間から嫌われている」と自覚はしていても、「嫌われているから正しくないというわけではない」と考えている盲信学会員もいるようです。

それどころか、却って世間から嫌われているからこそ創価学会は正しいんだと思い込んでいるようです。

こういう考え方は世間から迫害されたり非難されたりしている宗教に多く見られる考え方で、特にカルトに多く見られる特徴ですが、このような考え方になるのは、1つには、世間の人間よりも我々の方が優れているから理解されないんだとういう優越感、選民思想を信者に持たせる狙いもあるのでしょうし、嫌われることによって却って自分たちこそ正しいんだと思わせて更に盲信させるという狙いもあるのでしょう。

創価学会は「創価の常識は世間の非常識」などと揶揄されていますが、「世間から嫌われているから創価学会は正しい」などとひねくれた考えを持っているからこそ、学会員は世間から非常識だと思われてしまうんです。

広宣流布」などと大きなことを言っていても、非常識を社会に広げてもそれは民衆から受け入れられることはないでしょう。

世間から受け入れられない創価学会を社会に広めてもそれは押し付けでしかないですし、ましてやそれを無理やり強引に広めるのであれば、やがては恐怖社会となってしまうのではないでしょうか。

創価学会折伏にしても、創価が目指す「広宣流布」にしても、所詮は社会からは受け入れられない偏狭な考え方でしかありません。

そういう意味でも、創価学会が世間から嫌われているのは、「正しい」からではなく、間違っているから嫌われているのです。素直に考えればそれが当たり前だと思いますよ。