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創価学会の現実

創価学会の現実を現役学会員が語ります

人間主義組織の現実

こんばんわ、トウガラシです。

創価学会は「人間主義の組織」を標榜し、いかに創価の組織が人間的温かさに満ちた団体であるかということをアピールしていますが、
それがあるのは創価に入会した直後や、会合に出て行かない会員が久しぶりに出て行った時くらいのものです。
入会したばかりの人や今まで会合に出なかった人が出てきたりすると、まわりの幹部は喜んでくれますし温かい言葉もかけてきます。
しかしそういう人間的な温かさがあるのはそこまでです。
会合に出て行くようになり役職を付けられると、学会活動するのが当たり前となり、やがてノルマをこなして成果を上げるのも当たり前のようになり、成果を上げられない時や目標数を達成できない時などは幹部から罵声を浴びせられ詰められ吊るしあげられるようになるのです。
それは、鬱病になる活動家が多いという事実でも明らかなように、創価学会成果主義は活動家に多大なストレスを与えています。
私も活動家の頃は特に折伏戦や選挙戦で幹部から成果が上がらないことを罵倒され吊るしあげられたものです。
その頃はまだ学会活動に使命感を抱いていた頃でしたが、それでもものすごいストレスを感じたものです。
私の場合は鬱病にまではなりませんでしたが、あのまま学会活動を続けていたら確実に鬱病になっていただろうと思っています。
創価学会というところはそれほどに活動家の信者に対して過酷な組織なのです。とても「温かい人間主義の組織」などと呼べるようなところではありません。

たまに創価盲信者のブログを見ると、「創価学会はとても和やかで楽しい組織」といった記事を見かけますが、この人らは本当に学会活動やってるのかと思ってしまいますね。月に1回程度、座談会に出るくらいなら創価組織は和やかで楽しいところと思うかも知れませんが、活動家となって目標達成のために連日活動していると、そういうのん気な気分にはなれないと思いますよ。

そういうのん気な記事を書いてる人には、もっと学会活動に頑張ってみてはどうですか? と提言しておきたいと思います。

その上で、それでも創価学会は楽しく温かい素晴らしい人間主義組織だと思えるのなら、寿命が尽きるその日まで思う存分学会活動に邁進されることをお勧めします。

まあ、そこまで思えるとしたら大したものですがね。

 

よく外部の文化人が「創価学会は素晴らしい人間主義の組織」などと絶賛してますが、あれだけチヤホヤされれば誰だってそう思うでしょう。
外部の文化人と内部の活動家に対する態度がまるっきり違うのが創価学会なのです。

 

そういう創価学会は宗教と捉えるのではなく、宗教ビジネスという企業体だと捉えるとピッタリきます。

利益を追求する企業体、それが創価学会だと言ってよいでしょう。